リュックを背負って郵便局まで散歩する。
シャツの袖をすこし折って着ていたのだが、その格好がちょうどいいような、どこまでも歩いて行けるような、心地のいい温度。
でも、空腹すぎて目眩。
先日、琴子さんとお茶した喫茶店にはいって、パスタを注文する。ああ、これでやっと落ち着いた、本を読もうとと鞄を探したが、あるはずの本がない。
どうしてこんな時に限って。
ひとりで喫茶店にはいって、注文して、その料理が出てくるまで、本を読まないひとはなにをして過ごすのだろう。パスタが出てくるまでが途方もなく長いような気がした。
古書市をやっているので、四天王寺まで歩く。
たくさんの本が並ぶ。遠くから眺めるだけで疲れてしまって、近くで本を探す気になれなかった。そもそも、欲しい本はあるのか。
文庫を2冊だけ買うにとどまる。
須賀敦子『遠い朝の本たち』(ちくま文庫)
西脇順三郎『野原をゆく』(講談社文芸文庫)
一色文庫に寄る。「儲かってる?」と尋ねると、いつもなら「儲かってへんわ」とか言うのに、「えー、なにー?」と適当な感じでかわされるので、「なんや、こいつ」とおもったら、奥のほうに別にお客さんがいた。他にお客さんがいるときは、親しげに話すのはよくない、それをわかっている一色文庫はえらい。
現代詩文庫の松浦寿輝を買って、そそくさと店を出る。
どこまでも歩けそう、とおもったのに、結果、隣町までしか歩かなかった。
帰宅したら、手紙が届いていた。
「狭山公園の秋の贈り物です」と、トチの実とクヌギの実、コナラのどんぐりが同封されていた。
「机の上にでも置いてしばし眺めていただければ、この子たちも喜ぶでしょう」と書かれていて、樹木の実を「この子たち」と呼ぶのが、かわいいなあ、とおもった。
鉢で育てたら発芽して、大木になります。と最後に書いてあって、木を育てるなんて、わたしには無理ですよ。とおもいつつ、狭山公園の木を育てるじぶんを想像してみた。
2014年10月11日
10月10日(金)
定時退勤して、『フランシス・ハ』を見に行く。シネマート心斎橋。
心斎橋に行くのは久しぶりで、若いひとが多くて驚く。わたしのような種類の人間はあまり歩いていない。
そんなこと言ったら、オフィス街の肥後橋や本町や、住む町である谷町九丁目にも、わたしのような人間はあまり歩いていない。
人の溢れる梅田でも、容易に友人gさんを見つけ出すことができるのは、大勢のなかで明らかに浮いているからだろうとおもうけど、わたしもそんな風になっているのかもしれない。
『フランシス・ハ』に出てくる主人公の友だち、ソフィーはジュディ・シルにすこし似ていた。痩せすぎの、神経質な細面の顔、ストレートのロングヘアー、おおきな眼鏡。理知的なつめたいまなざし。
萩尾望都のマンガに出てくる「悪魔的先輩」(いつぞや誰かがジュディ・シルはそんな感じだ、と書いて、とても共感したのだ)に通じるタイプ。わたしの好きなタイプ。
心地いい暮しや、幸せは人それぞれで、他人と比べてはいけないのだ。映画を見終わった後、そうおもったけど、他人と比べないのは難しい。比べるからしんどいというのはわかっているのだけど。
とぼとぼ家に帰って、きょうも夕食は食べない。
心斎橋に行くのは久しぶりで、若いひとが多くて驚く。わたしのような種類の人間はあまり歩いていない。
そんなこと言ったら、オフィス街の肥後橋や本町や、住む町である谷町九丁目にも、わたしのような人間はあまり歩いていない。
人の溢れる梅田でも、容易に友人gさんを見つけ出すことができるのは、大勢のなかで明らかに浮いているからだろうとおもうけど、わたしもそんな風になっているのかもしれない。
『フランシス・ハ』に出てくる主人公の友だち、ソフィーはジュディ・シルにすこし似ていた。痩せすぎの、神経質な細面の顔、ストレートのロングヘアー、おおきな眼鏡。理知的なつめたいまなざし。
萩尾望都のマンガに出てくる「悪魔的先輩」(いつぞや誰かがジュディ・シルはそんな感じだ、と書いて、とても共感したのだ)に通じるタイプ。わたしの好きなタイプ。
心地いい暮しや、幸せは人それぞれで、他人と比べてはいけないのだ。映画を見終わった後、そうおもったけど、他人と比べないのは難しい。比べるからしんどいというのはわかっているのだけど。
とぼとぼ家に帰って、きょうも夕食は食べない。
2014年10月10日
2014年10月9日
10月8日(水)
堂島川にゆらゆらうつる町のひかりを、ぼんやり眺めていたら、酔いそうになった。
顔をあげると通りを歩くひとたちが、携帯のカメラでなにやら撮影している。その方向を見ると、空の低い位置におおきな月がでていた。
そういえば、きょうは月蝕だ。だけど、見上げたときはまだ、まるい月だった。
本屋で新書を3冊購入して、東梅田まで歩いて地下鉄谷町線に乗る。谷町九丁目に着いて、上本町のマクドナルドで本を読む。
頭の悪そうな高校生がたくさん、宿題をしていた。隣に座る女の子も漢文を。
しかし、マクドナルドに来たのはひさしぶり。珈琲が値段のわりにまずくないのに驚く。
すこし前までは、胃が痛くなるくらい、深煎りの濃い珈琲を好んで飲んでいたけれど、最近はそういうのは駄目だ。年のせいか。
篠つく雨、
そんな言葉がはじまる文章を読んでいたけど、上本町のマクドナルドの喧噪が、正確に言えば、隣の席の女子高校生のおしゃべりが、侵入してきて、なんだかなという感じだった。
そういう時は、眼鏡をはずして、本を近くに持ってくる。マクドナルドにいるひとびとはぼんやりとしか視界に入らず、そうしていると、彼らが話す言葉も聞こえなくなる。
いつのまにか、雨の降るミラノにいた。
マクドナルドを出て、欠けた月を探したが、空にはなにもなかった。
せめて雨でも降っていればいいのに、とおもいつつ、ラブホテルのピンク色のネオンを眺めながら家に帰った。
顔をあげると通りを歩くひとたちが、携帯のカメラでなにやら撮影している。その方向を見ると、空の低い位置におおきな月がでていた。
そういえば、きょうは月蝕だ。だけど、見上げたときはまだ、まるい月だった。
本屋で新書を3冊購入して、東梅田まで歩いて地下鉄谷町線に乗る。谷町九丁目に着いて、上本町のマクドナルドで本を読む。
頭の悪そうな高校生がたくさん、宿題をしていた。隣に座る女の子も漢文を。
しかし、マクドナルドに来たのはひさしぶり。珈琲が値段のわりにまずくないのに驚く。
すこし前までは、胃が痛くなるくらい、深煎りの濃い珈琲を好んで飲んでいたけれど、最近はそういうのは駄目だ。年のせいか。
篠つく雨、
そんな言葉がはじまる文章を読んでいたけど、上本町のマクドナルドの喧噪が、正確に言えば、隣の席の女子高校生のおしゃべりが、侵入してきて、なんだかなという感じだった。
そういう時は、眼鏡をはずして、本を近くに持ってくる。マクドナルドにいるひとびとはぼんやりとしか視界に入らず、そうしていると、彼らが話す言葉も聞こえなくなる。
いつのまにか、雨の降るミラノにいた。
マクドナルドを出て、欠けた月を探したが、空にはなにもなかった。
せめて雨でも降っていればいいのに、とおもいつつ、ラブホテルのピンク色のネオンを眺めながら家に帰った。
2014年5月24日
『ジョヴァンニ』
なんだか気持ちが沈む。新しい号を出すとだいたい決まってこうなる。次のことなど考えられない。
深刻なスランプに陥るのを恐れる。それを避けようとしてかの、ここ数日。エトセトラ。
木曜日
郵便受けに「読者カード」がきていて、気持ちがはなやぐが、ごうださんからとわかってがっかり。ただ、書いている内容が面白いので「座布団一枚」。原文ママで掲載してやるぞ!と脅そう。
金曜日の夜。
ごうださんと夕食。
阪急梅田で落ち合ったとき、ふたりとも眼鏡でリュックを背負っていて、並んで歩くことに抵抗を感じる。どう見ても怪しい。リュックのアラフォーなんて。くだらない話ばかりして、特になんのヒントも得ることができなかったけど、「くだらない」という感覚をおもいだす。
土曜日昼。
Mさんと富士正晴記念館へ行く。いま、記念館では「富士正晴が編集した久坂葉子の本たち」展Ⅱが開催中。
Mさんと中尾さんの文学談義に耳を傾ける。太田順三の話、富士さんの本に、函があるか、ないか、などの話。このひとたちは本当に「ブンガクが好き」なんだなあ。
そういう気持ちがたいせつだ。だれにどうおもわれるかなど気にしてるわたしは不純だ。
土曜日夕方。
阪神電車に乗って、「街の草」へ。
あいかわらず、店の前まで本の洪水。二号から三号への長いスランプに、街の草で『帖面』に出会う。その正方形の誌面をみたとき、なんか作れるかも、という気になったのだった。本の洪水を崩しながら、話す。
加納さんの声は、相変わらず、やさしい。
二十歳のころ、同級生の女の子に『ジョヴァンニ』を借りた思い出を話してくれた。
岩阪恵子第一詩集にして、ただ一冊の詩集。二十二歳の詩集。
文童社から出たその詩集はたしか、「自費出版だった」と随筆に書かれいてたと記憶している。
その同級生の女の子は、三月書房で『ジョヴァンニ』を買ったそうだ。
二十二歳の若い若い詩人の自費出版の詩集を、それほど年のかわらない女の子が三月書房で買う、そんな時代があったんだなあと、そうおもうと、暮れかけた空のした、こころのなかにあったへんな固まりが溶けていくようだった。
加納さんは投函していなかった手紙を、手渡してくれた。
七時を過ぎてもまだ明るい武庫川駅のホームで読む。寒い冬に『ジョヴァンニ』を借り、コンクリート打放しのサークル室で読んだ思い出はそこにも書かれいた。
加納さんは「その詩人が「七十年近くをなんとか生きてきた。」と書いている」ことを驚いているようだった。
岩阪恵子を加納さんが「詩人」と書いていることが泣けてしかたがなかった。
見たこともない『ジョヴァンニ』という詩集をおもう。
寒い冬に『ジョヴァンニ』を読んだ加納さんと若い若い詩人・岩阪恵子をおもう。
加納さんの思い出を、その声で聞けてよかった。街の草へ行ってよかった。
深刻なスランプに陥るのを恐れる。それを避けようとしてかの、ここ数日。エトセトラ。
木曜日
郵便受けに「読者カード」がきていて、気持ちがはなやぐが、ごうださんからとわかってがっかり。ただ、書いている内容が面白いので「座布団一枚」。原文ママで掲載してやるぞ!と脅そう。
金曜日の夜。
ごうださんと夕食。
阪急梅田で落ち合ったとき、ふたりとも眼鏡でリュックを背負っていて、並んで歩くことに抵抗を感じる。どう見ても怪しい。リュックのアラフォーなんて。くだらない話ばかりして、特になんのヒントも得ることができなかったけど、「くだらない」という感覚をおもいだす。
土曜日昼。
Mさんと富士正晴記念館へ行く。いま、記念館では「富士正晴が編集した久坂葉子の本たち」展Ⅱが開催中。
Mさんと中尾さんの文学談義に耳を傾ける。太田順三の話、富士さんの本に、函があるか、ないか、などの話。このひとたちは本当に「ブンガクが好き」なんだなあ。
そういう気持ちがたいせつだ。だれにどうおもわれるかなど気にしてるわたしは不純だ。
土曜日夕方。
阪神電車に乗って、「街の草」へ。
あいかわらず、店の前まで本の洪水。二号から三号への長いスランプに、街の草で『帖面』に出会う。その正方形の誌面をみたとき、なんか作れるかも、という気になったのだった。本の洪水を崩しながら、話す。
加納さんの声は、相変わらず、やさしい。
二十歳のころ、同級生の女の子に『ジョヴァンニ』を借りた思い出を話してくれた。
岩阪恵子第一詩集にして、ただ一冊の詩集。二十二歳の詩集。
文童社から出たその詩集はたしか、「自費出版だった」と随筆に書かれいてたと記憶している。
その同級生の女の子は、三月書房で『ジョヴァンニ』を買ったそうだ。
二十二歳の若い若い詩人の自費出版の詩集を、それほど年のかわらない女の子が三月書房で買う、そんな時代があったんだなあと、そうおもうと、暮れかけた空のした、こころのなかにあったへんな固まりが溶けていくようだった。
加納さんは投函していなかった手紙を、手渡してくれた。
七時を過ぎてもまだ明るい武庫川駅のホームで読む。寒い冬に『ジョヴァンニ』を借り、コンクリート打放しのサークル室で読んだ思い出はそこにも書かれいた。
加納さんは「その詩人が「七十年近くをなんとか生きてきた。」と書いている」ことを驚いているようだった。
岩阪恵子を加納さんが「詩人」と書いていることが泣けてしかたがなかった。
見たこともない『ジョヴァンニ』という詩集をおもう。
寒い冬に『ジョヴァンニ』を読んだ加納さんと若い若い詩人・岩阪恵子をおもう。
加納さんの思い出を、その声で聞けてよかった。街の草へ行ってよかった。
2014年4月20日
ぽかん4号を出します。
「ぽかん」4号を出します。
発行日は4月21日としましたが、すべて揃うのは、4月下旬以降になります。
発行日は4月21日としましたが、すべて揃うのは、4月下旬以降になります。
「ぽかん」4号目次 縄文の骨 昭和の泡――二〇一三年一三句 小沢信男
発掘 山田稔
編集の生理――わが出版記 涸沢純平
本を、捨てる 木村浩之
多喜さん漫筆 (四)――尾籠な談義 外村彰
木山捷平様 田中美穂
電話 岩阪恵子
父のチェーホフ(一)1928年、湯浅芳子 扉野良人
豪快なひと――中川六平さんのこと 鹿角優邦 千代田区猿楽町1-2-4(其の二) 内堀弘 付録 ぼくの百 福田和美 付録 「のんしゃらん通信」vol.2目次
街角のコーヒーショップ 高橋実果子
観覧車めぐり 里舘勇治
ライフとワークがハローとささやく 郷田貴子
咳について 濵田多聞
そんなにはやく歩くと 秋葉直哉
猫と辛夷 渡辺尚子
あと、「ぽかん」3号に寄せられた読者の声をまとめた「こないだ」1号も創刊します。
2013年12月14日
ぽかん別冊『昨日の眺め』
恵文社一乗寺店で開催される「冬の大古本市2013-2014」への参加を記念して作成しました。
http://hunting.kotobayo.tv/
古本市に出ます、と簡単に返事をしたはいいが、家に本があんまりないなあ、と困りました。そうだそうだ、と頭にうかんだ4組。
M堂さん、歩希書房さん、古書柳さん、固有の鼻歌さん。古本好きならピンとくる方々ですね。そのひとたちに古本は任せようと、いつもながらの他力本願です。
でも、「ぽかん編集室」で出るのに、わたしはなにもしなくていいのかと(こういうところ真面目なんですよ)悩んで、「じゃ、記念に冊子でも作るか」と、いつものおもいつき。
で、この4組の古本屋(?)さんには常々豪語していた「読める古書目録」。
いい機会だし、それでも作るか、とおもったのは11月に入ったころ。最初の思惑は目録に掲載する本のコメントを載せるというものでしたが、それは時間的に無理!ということで、散文+目録という2部構成で作りました。着想から1ヶ月もなく作ってしまいました。まだ、出来上がってないですけどね。入稿はしました。
1部の散文は13名の方に書いていただき、2部の目録には4組の出品リストを掲載しました。
目録は後から見返してもそれなりの資料や記録になるように、けれど、見た目は思いっきりポップに仕上げました。(多分、ご老人の目には優しくないかも、、)
何度か催した古本市に4組に出品してもらったことがあり、これをドキュメントとして残したいなあというおもいがあったんですね。
散文は、最初はテーマを掲げて原稿依頼していましたが、評判悪かったのか、立て続けに断られ、途中から「テーマなし」としました。だけど、集まった原稿を並べれば、タイトル『昨日の眺め』になんとはなしに寄り添ってくるから不思議です。
『昨日の眺め』は、敬愛する詩人、天野忠の詩集タイトルからです。
ほんと、いいタイトルですよね。
「テーマなし」で書いてもらった13個の散文がひとつの小さな冊子に並んでいます。てんでバラバラかとおもいきや、隣り合った散文に「やあ、どうも」と言っているようなんですよ。意外としっくり馴染んでいて、連なっています。
13個の散文が並ぶたたずまいを見てくださればうれしくおもいます。
そして、今回、大平高之さんのとてもすてきなイラストを使用させていただきました。
控えめでやさしいのに清々しい強さも持つ大平さんの絵も、この別冊のおおきな魅力です。13個すべての散文に大平さんのイラストを添えました。
テーマのない、これといってつながりのない文章に共通した旋律をあたえてくれました。
と、似たようなことを編集後記にも書いたので、もうこんくらいにしておきますね。
1ヶ月で作ったわりにはいい出来です。いいのが出来ました。
寒い冬の一日、毛布にくるまって読んでください。
追伸1
あんまりに良書を4組が出すので、わたしは初日に恵文社に並んで、古本を買おうとおもってます。ですので、みなさんも初日にぜひ。
追伸2
画像は表紙です。2色あるわけではなく、白色が表紙、グレーは中表紙です。
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